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次に当たり前を変えるのは、あなたかもしれない。
ジンジブの想いに共感したら、ぜひ一歩踏み出してください。



RECRUITINGかつては警察官を目指しながらも、人力車のアルバイトで営業の魅力に目覚めたという、HRコンサルティング部の森田さん。意気揚々と入社したものの、1年目は「我流」にこだわり同期最下位という苦い挫折を味わいました。そんな森田さんが、いかにして広島支店立ち上げの先遣役として現地に乗り込み、現在は大阪本社で課長として活躍するに至ったのか。どん底から脱却し、より視座を高め、自信に満ちて仕事に取り組むようになるまでの歩みをじっくりと伺いました。
小さい頃からずっと野球を続けており、チームの監督が現役の警察官だったんです。警察の仕事の話をよく聞かせてもらっていて、その背中を見ているうちに自然と「自分もそうなりたい」と思うようになりました。大学も、警察官を目指す方が多いと聞いていた法学部の法律学科に進んだくらいです。論述が多くてなかなか大変でしたが(笑)。
京都で人力車のアルバイトをしていたんですが、あれって結構営業なんです。祇園や清水寺のあたりで、観光で歩いている方に声をかけて、「ちょっと面白そうだな」と足を止めてもらうところが一番の勝負どころでした。どう話しかければ立ち止まってもらえるか、「乗ってみようかな」と思ってもらえるか、毎日試行錯誤していました。最初は全然うまくいかなかったのですが、だんだんとコツをつかんでいくうちに「これは面白い」と思い始めて。気づいたら警察官への気持ちはすっかり薄れていて、就活でも迷わず営業職を軸に動いていました。
「稼ぎたい」ですね、シンプルに(笑)。当時は物欲がすごくて、いい車に乗りたいとか、バーのある家に住みたいとか、友人にもよく夢を語っていました。今は全然そんなことは思っていないんですが(笑)。その二つが就活の軸で、「稼げる環境で、営業ができる会社」を探していました。話すことは昔から得意でしたし、人力車のアルバイトを通じて、営業という仕事が自分に合っているという点は自己認識していましたね。
野球部の先輩が「逆求人フェスティバル」というイベントを運営していて、声をかけてもらったのがきっかけです。学生側がブースを出して、企業が話を聞きに来るという、通常の合同説明会とは真逆のスタイルのイベントです。そこに、あえて人力車の格好で参加したんです。スーツで行っても埋もれてしまうので、まず第一印象で目立って声をかけてもらおうという戦略でした。
効果はありました(笑)。当時の人事担当が私を見るなり一言目に「ごはん行こう」と言ってきて。普通はこちらからプレゼンして、よければ食事に誘われるという流れなのに、もう「行きます!」という感じで即決でした。食事をしながら話を聞いていて、まず「変わった会社だな」と思ったんです(笑)。高卒採用という、自分にとってはまったく馴染みのなかった領域の話を聞きながら、「こんな世界があるんだ」という驚きがあって。社会の仕組みを変えようとしているその姿勢が、すごく印象に残りました。その夜には、唯一無二の会社だという確信がありましたね。
不動産営業の会社と、少し迷いました。ただ、そちらは1〜2年かけてようやく1件の成功体験を積めるかどうかという世界。こちらは月に30件営業して5〜6件は成約できる、という話を聞いて、成長のスピードが全然違うと感じました。早く成功体験を積んで、早く成長したかった。それが決め手でしたね。入社してから振り返ると、あの直感は間違っていなかったと思っています。

研修のテレアポは、最終日まで同期の中でトップでした。とにかく行動量を誰よりも増やそうと、みんなが120〜130件やるなら自分は160件という感じで泥臭くやっていました。あとは同期に一人、すごく優秀なメンバーがいて、「あいつに負けたくない」という気持ちも大きなモチベーションになっていましたね。
研修の経験で、「自分はできる」と完全に思い込んでいたんです。でも先輩のアドバイスも聞かずに我流で突っ走った結果、新卒1年間の売上は同期の中で最下位でした。研修で一度成功体験を積んでいる分、「なぜうまくいかないんだろう」というもどかしさもあって、精神的にはかなりしんどかったですね。
ある日、喫煙所でたまたま社長とばったり鉢合わせて。「最近どうなん」と急に声をかけられて、反射的に「まだやれます!」と答えてしまったんです(笑)。そうしたらその日のうちに「4月に広島支店を立ち上げるが、行かないか?」と声をかけてもらいました。正直、不安もありましたが、「ここで逃げたら終わりだ」という思いの方が強くて、飛び込む決断をしました。
支店の立ち上げ自体は4月だったのですが、その2か月ほど前に「一人で先に現地に乗り込んで、仕事をしてきてほしい」と言われました。学校を150校訪問することと、売上300万を作ること、その二つが立ち上げ前2か月間のミッションでした。学校訪問は泥臭くやればなんとかなると思ったんですが、売上は正直自信がありませんでした。「1年間頑張っても88万円しか作れなかった自分が、2か月で300万なんて……」と思いながら、専務の顔を思い浮かべながら必死にやった結果、奇跡的に達成できました。
活動量をとにかく担保して、たまたま高卒採用に投資したいという会社様に巡り合えたというのが大きいです。量を増やせば出会える確率も上がる、ということを身体で学びましたね。
それと、ちょうどそのタイミングで新サービス「アニメーション動画」が始まり、全社で最初に受注できたのも大きな自信になりました。現場での撮影許可が下りないという課題を抱えていたお客様に提案したところ、すごく刺さって。あのときの手応えは今でも忘れていません。
それが本当に変わったんです。支店長の商談を録音させてもらって、とにかくずっと英語教材のように聴き続けました。1年目は完全に我流だったのが、この人の「型」を徹底的にコピーすることにシフトチェンジした結果、初めて商談当日に申込みをいただく「即決」を経験しました。申込書を震えながら書いたのを今でも覚えています。そこから大きく数字が跳ね上がりました。
広島支店は立ち上げ1年目、2年目と歴代記録を更新し続けることができて、個人の売上も手応えを感じられるようになっていきましたね。
主任になったのは2年目の下期でしたので、昇格のスピード自体は比較的早い方でした。
新しい支店で目立ちやすかったのもあると思いますが、売上というわかりやすい結果が積み重なっていたのが昇格の一番の理由だと思っています。
主任のころは個人の数字だけを追い、「自分がエースであること」に執着していました。課長代理になってからは視座が一段上がり、「チーム全体で勝てる組織にする」「全員が成功体験を積める環境を作る」という意識に切り替わりましたね。
今は大阪第2課のリーダーとして、自分自身も課の売上の6割ほどを担うプレイングマネージャーです。月末は課の状況を見ながら「このお客様にはこのアプローチで」と個別に指示を出して、ギリギリで目標を達成することもあります。
まず「型」を浸透させることです。自分が支店長の型を取り入れて成長できたように、ヒアリングから課題抽出、提案、クロージング(契約締結に向けた最終提案)までのシンプルな流れを丁寧に伝えています。成功体験を早く積んでほしいというのが一番の願いです。1年目の自分みたいに遠回りしてほしくないので。
「大阪本社プライド」というコンセプトを掲げて、今は本気で東京支店の売上を超えることを目指しています。長年、本社でありながら東京に売上で負けるという悔しい思いもしてきました。人数も大阪は東京の半分ほどでしたが、今は頼りになるメンバーが揃いました。若手がイキイキと働ける、挑戦できる組織につくり直していきたいですね。数年後には必ず東京支店を超えたいと思っています。
決して楽な仕事ではないです。でも、その分得られるものは他の会社の2〜3倍はあると思っています。6年目で課長のポジションを任せてもらえたり、悩みもがいていた新卒が翌年に支店の立ち上げを経験させてもらえたり、これだけのチャンスをもらえる会社は、なかなかないと思っています。しんどいことも確かにありますが、乗り越えた先の成長と自信は本物です。やる気のある方の応募を、心からお待ちしております。
※画像はイメージです。公開時は、記事に登場する社員の写真に差し替えます。記事の本文は、いまの社員メディアから移しています。
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